2人で缶ビールで乾杯し、ささやかな2次会が始まったと思った瞬間、鉄平はおもむろに部屋の片隅にあったギターをつかんでジャカジャカとかき鳴らし、尾崎豊の『15の夜』を歌い出した。しかも、かなりの大音量で、、、。
『ぬーすんだバイクではしりだすー!』
いやいや、いま夜中の一時回ってんで、、、。
さすがにやめさせようとした時、隣の部屋から壁をドンッ!と叩く音が聞こえた。そらそうやろ。私が隣の部屋の住人なら壁ドンするやろ。すると、鉄平は何を思ったのか、
『うるせーよっ!』
と、逆にリバース壁ドンをしたのだった。そう、鉄平はものすごく酒癖が悪かったのだった。
見た目は、当時流行っていたドラマ『一つ屋根の下』の中で江口洋介さん演じる【あんちゃん】風のロン毛で、いかにも『ハマっ子』という感じでオシャレな男だったが、鉄平は内に秘めたる闘志がメラメラと燃えたぎる熱く泥くさい男だった。
鉄平の意外な一面を見て、
『鉄平はトラだ、大トラだ!コイツにはあまり酒を飲まさないでおこう、面倒だから、、、』
と、固く心に誓ったサトシィだった。その後、ギターを取り上げ、クダを巻く鉄平をロフトに押し上げ、風呂場から拝借したバスタオルをかぶりフローリングの床で一夜を過ごした。そして、冷たく硬い板の上で寝る事がこんなにも辛いものだという事を知った、15、、、いやハタチの夜だった。
そんなわけで、鉄平とはつかず離れずと言った感じで学生時代を過ごした。卒業後は2人とも無事国試に合格し、晴れて歯科医師となったが、それからはお互い就職して忙しくなり、環境もガラリと変わったため自然と会う機会も減って行った。
ここで話は、サトシィ開業ヒストリーに戻る。両親に、
【自分は開業に向けて準備をしており、もう目星をつけた物件がある】
【ただし貯金は無いため、借金をするための保証人なって欲しい】
【そして、その為に実家を担保にしたい】
という事を、かいつまんで説明した。可愛い我が子の頼みなのだから当然二つ返事でOKだろうとタカをくくっていたが、両親からの返答はまさかのNOだった。
母親が言うには、
【実家の土地は、既にうちの診療所を数年前に大規模改装した時に担保に入っており、これ以上はムリポ。当然余分なお金はない】
【開業したいと言うわりに、貯金も全然してないような心構えの者が信用できるわけがない】
という、今考えれば至極真っ当な理由だったが、当時は
『俺が開業すれば絶対成功間違いなしやし、あの物件は必ず流行る!息子を信用できないとはなんたるチアのサンタルチア!』
と非常に自分勝手な理屈で憤慨していた。これがまさに【若さ】と言うものだろう。ない袖は振れない。泣く泣く物件を諦め大家さんとのアポイントをキャンセルしてもらった。
間に入ってもらっていた材料屋さんには、
(お金の都合がつかなかったので無理でした、すいません)
と言わなければならなかったこの時の恥ずかしさ、悔しさは今も忘れない。しかし、全ては自分が蒔いた種。できないものはしょうがない。
一旦開業話はペンディングとなった。
ちょうどそんな時だった、たまたま共通の知人から、今自分が一人暮らししているミナミのマンションの近くの診療所で、鉄平が勤務していると言う話を聞いたのは。久しぶりに鉄平の顔を見たくなり、鉄平の携帯に連絡を入れた。