ある開業医の話

【院長への道 ep.5 〜開業戦線異常なし】

ここで、私の住む大阪の地理についてご存じない方のために説明しておくと、大阪には【キタ】と【ミナミ】と呼ばれる大きな繁華街が2つある。

キタはその名の通り大阪の北側にある繁華街で、梅田や北新地を中心としたエリアを指す。クラブやラウンジ等、高級な店が多く比較的年齢層高めの、落ち着いた大人の街という感じである。東京で言えば銀座だろうか。

対してミナミは大阪の中心部に位置し、難波、千日前、心斎橋を中心としたエリアで、若者が多く活気にあふれた街である。東京で言うと渋谷、原宿あたりをイメージしてもらえるとわかりやすい。よくテレビなどで見る、グリコの看板や巨大なカニのオブジェで有名な『かに道楽』などがある道頓堀もこのエリアで、まさにザ・大阪!と言う街である。

当時の私は、

『仕事が終わったら、すぐ飲みに行けるがな!』

と言う、どうしようもない理由でこのミナミに一人暮らしをしていた。

私の住んでいたマンションは、ミナミの中でもさらにディープな島之内という場所にあり、周りには風◯店やヤ◯ザの事務所が普通に街並みに溶け込んでいる。あちこちで聞いたことのない外国語が飛び交い、夜中1人で外を出歩くのは男の自分でも少々勇気のいるスパイシータウンだ。

マンションの住人もホストや水商売の女性が多く、昼の仕事をしている自分とは生活サイクルが全く逆のため、私がマンションにいる時間にはほとんど人の気配を感じることはなかった。

そして、なんと鉄平の働く診療所は、そんな私のスパイシーマンションから目と鼻の先にあったのだった。

鉄平の携帯に会いたい旨をメールする。

(番号変わってなかったらええけどなぁ、、、)

ほどなくして返信があり、今度の木曜日に会えることになった。医院名を聞き、地図で調べると鉄平の勤める歯科医院は、本当に目と鼻の先にあった。

『このへんに住んでもう1年になるけど、こんな近くにおったとはなぁ、、、』

とあまりの近さにびっくりした。

当日は近くのデパートでヨックモックを買い、それを手土産とした。自分は何を隠そう、ヨックモックのシガールが手土産の中で1番だと考えている。上品で日持ちもするし、個包装で分けやすくスタッフのお昼のコーヒーのお供に最適。そのまま食べても良いし、バニラアイスに突き刺してウエハース代わりにするも良し。また、その名の通り葉巻の様にくわえて、ジャイアント馬場のマネをするのもシャレている。

とにかくヨックモックが最高だという事だ。

そして、そのヨックモックを携え、鉄平の働くオフィスを訪ねた。受付で名前を告げると、院長先生が出て来られた。女性院長で柔和な笑み、アルカイックスマイルを浮かべた歳の頃なら50前後のショートカットの優しそうな先生だった。

『鉄平先生のお友達なんですね、聞いてますよ。彼、まだ診療中なので少し待ってくださいね』

と待合の椅子をすすめて下さった。

都会のオフィスは何もかも洗練されていて、白を基調とした内装はまるでホテルのように洒落ていた。自分が勤めていたのは、駅前だが大阪の中でも有名な下町の商店街がある場所で、活気はあるが決してオシャレではない『イナタイ』町であった。そのため診療所も【オシャレ】ではなく【アットホーム】を前面に押し出した作りになっており、患者層もファミリーや近所のお年寄りが多く、どこかガヤガヤした庶民的な町の歯医者さんという感じであった。

(ヘェ~、鉄平のやつ、エライ洒落たとこに勤めとんなぁ)

綺麗なクリニックの中をキョロキョロと落ち着きなく見回していると、診療室の扉がガラッと開き鉄平が顔を覗かせた。

『おー、サトシィ!久しぶりじゃん!よく来てくれたねー元気だった?』

と、昔と変わらぬ笑顔と、ジャンジャンうるさいヨコハマ弁で迎えてくれた。

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