ある開業医の話

【院長への道 ep.6 〜開業戦線異常なし】

鉄平は「せっかくだから飯でも食いながら話そうぜ!』と言うので、診療所からほど近い場所にある『ペリーのイクラ丼』と言うイクラ丼専門店に場所を移した。

ここは、今では行列の出来る有名店になってしまったが、当時は、平日昼間ならなんとか一巡目に入れた店だった。小ぶりの丼にいっぱいの白飯の上に、ツヤツヤと宝石のようなイクラ醤油漬けがこれでもかと盛られており、これに蟹の味噌汁がついて1000円かからなかった。

2人で並んでカウンターに座り、イクラ丼をほおばりながら鉄平の近況を聞くことにした。

鉄平は、今のクリニックが卒後2軒目で、先輩ドクターにかなりしごかれているという話だった。その時初めて知ったのだが、鉄平はめちゃくちゃ頭が良くて学生時代は、学年でも常にトップクラスの成績だったらしい。6年の時に大学の購買部で読んだペリオの書籍に感銘を受け、卒業したら絶対ペリオの勉強がしっかり出来る医院に勤めたいという事で、先輩のツテを頼り一軒目のクリニックを決めたと言うことだった。

そこで三年間勤めながら、週二回、当時日本で歯周病なら1番と言われるJというスタディグループの講師の先生の医院にバイトに行くという生活を送っており、今度は丁度その講師の先生から紹介された新しいクリニックに勤め始めたところであった。

そこでは、さらにレベルの高い治療を求められて、今までの三年間で培ってきたものが全く通用しないと泣き言を言いつつも、どこか前向きで楽しそうに語る鉄平が、サトシィには眩しくてたまらなかった。『へぇ~、こんな世界もあるんやな、でもワイは、ワイの信じる道を突き進むのみやで。早く開業して金持ちになって人生謳歌するやで!』とカニ汁を飲み干して、心に誓ったのだった。

久しぶりに大学時代の同級生と会い、自分と違う道を歩む鉄平に刺激を受けたものの、やはり独立開業への夢を捨てきれないでいた自分は、しばらく悶々とした日々を送っていた。

その頃の自分は、今考えてみれば一体どこからその自信が湧いてくるんだい?と言う謎の自信に満ち溢れていた。

元々、小さい頃から手先が器用だったというのもあるし、4人兄弟の2番目という事で中間子特有の要領の良さも持ち合わせていた自分は、結構どんな事でも器用にそつなくこなす事ができた。

歯科治療にしてもそうだった。

卒後すぐに勤めた今の医院では、常勤になって1ヶ月後に院長から

『サトシィ、お前は出来るやつやから木曜の休診日に医院あけるから1人でやってみて!』

といきなり無茶振りをされたものだが、その時も不安感よりも、

『任せてもらえた!オラ信頼されてる!』

という喜びの方が大きく、張り切っていたものだ。自分と受付一人助手一人の3人で始めて、あっという間に1日40人で2万点をこえるようになった。(これは歯医者なんて楽勝やな)とその時は思ってしまった。若いって本当に恐ろしいものである。しかしその成功体験があったから、どんな場所で開業してもそこそこ流行る歯医者になる自信があった

しかし、それを両親は見ていないから(卒業してたかだか3~4年の駆け出しが何を偉そうな事言ってるんだ)と思っただろう。いくら我が子といえども、そんな海のものとも山のものともわからない存在の数千万の借金の保証人になるのは怖すぎる。両親は至極真っ当だった。

だがそんな時、肥大化した自尊心と、高すぎる自己評価に後押しされた根拠のない自信を武器に、開業という未知の敵に立ち向かうドンキホーテ・サトシィに突如としてホワイトナイトが現れたのだった、、、!

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