愛子さまが、完全に嘔吐する態勢に入った。
まさにリバースするその瞬間・・・
オレには、か弱い女性が部屋にぶちまる未来が視えた。
東京リベンジャーズのタケミッチみたいな気分やで。
知らんけど。
人間はゾーンに入った時、目の前の世界がまるでスローモーションのように見えるという。
今がまさしくその時だ。感覚そのものが、かつてない程研ぎ澄まされている。
知らんけど。
そして吐瀉物の進行方向をシミュレーションした結果、とんでもない事態が判明した。
まさしく先読みや。遠藤保仁選手も言っていたように、サッカー選手に限らず先読みは歯科医師にも必須の能力やで。
そして、その先読みの結果はというと・・・
その進行方向が、スタッフ全員のバッグが置いてある場所やった。エルメス、ヴィトン、グッチ・・・オールスター感謝祭や。
男に貢がせたのではなく自力で買ったモノばかりやから、大惨事は免れない。問答無用でスタッフ皆ブチ切れるヤツやん。
アカン。愛子さまが眞子さん並みの誹謗中傷を浴びてしまう、デンジャーゾーンや。
そうなればオレが小室ファミリーの曲歌って、場を和ませようか・・・
アカン、火にガソリン注ぐだけや。
しかしそれが読めた瞬間、オレの中で何かが弾けた。
気が付けば、愛子さまに向かってダッシュしとった。
皆、何事か?という雰囲気で、一斉にオレの動きに注目しとった。
まだ、しっかりゾーンの真っ只中や。
そして、このままお姫様抱っこしてパウダールームにダッシュしようとしたが、どう頑張っても間に合わん。
ここでリバースか?
・・・しかし気が付けば、オレが自身の手で受け止めていた。
<えんがちょ~>
偽善者達のヤジがこだまする。
勇者のオレに向かって。
いや、もはやそういう問題ではない。
心配して愛子さまを見ると、スッキリしたのか分からないがヘラヘラ笑っとるし、体張って自分のバッグを助けてもらった立場のスタッフ達は、オレの事をまるで汚物でも見るような目でガン見してるし。
{ギャハハハハハハハ!}
いや、愛子さま。笑い事ちゃうで、何でオレばっかりこんな目に・・・
その心の内を見透かしたのか院長が、
<偽善者が慣れへん事に手を出したのが間違いの元や。俺みたいに日頃から徳を積み礼節を守ってれば、こんな事にはなれへんかったのにな。>
言ってくれるやないか。
しかし、あーだこーだ文句ばかり言っている場合ではない。
急いでパウダールームに手洗いしに行く。その道中、先程の店長とすれ違った。汚物以上のモノを見る目でメンチ切られたで。オレ、実行犯じゃないのに。
損する人間というものは、全ての汚れが勝手に回ってくるモンや。
スピリチュアルに一切の興味はないが、そんな損な役回りに縁の無い人間は、総じて皆エネルギッシュや。力強いんや。
オレもそれを見習わなアカン。そう思い、店長の後頭部に向けて呪いをかけておいた。