新御堂を北に進んでいくと千里ニュータウンが見えてくる。
ニュータウンといえども、1960年にできてからすでに50年が経過しており、住民の高齢化が進んでいる。
また、住宅団地も古く、住宅団地の建て替えや、リノベーションが進んでいる最中の町だ。
その、ニュータウンを超えると箕面市に入る。新御堂のどんつきを左折し浄水場交差点を北上すると住宅地に入る。
ひとつひとつ、広い敷地に平屋が立ち並ぶ。
「なんや、なんか広いわりには二階建てとかないんやな」
「あほ、シゲやん、ここな第一種低層住居専用地域や」
「なんやそれ」
「地域区分や。ようは金持ちエリアや。背の高い建物は建てられへん。それだけやないで、ここの地域はコンビニすら作られへんエリアや」
元技官やからか、こういう細かいところは妙に詳しい。
「スドちゃん詳しいな」
「まぁ、おれの親戚もそういうところに住んでたからな」
この男、厚生局にクビになったくせに親戚をつかってマウントをとってくる。
鼻につく男や。
「ほーか、じゃー今度、その親戚のでっかい邸宅とやらで、野球でもさせてもらうわ」
「ややこしいことすな」
「じゃー、ややこしいマウント取るなや」
「とってへんわ」
「もーあんたら、仕事前に喧嘩すなや」
後ろの席から西園寺が割って入る。
西園寺センセみたいな人はふつーは来させへん。来たらややこしいだけや。
でも、「ウチの後輩やから」という理由でついてきた。
どうせ、後輩の悪行をみて茶化すだけだろう。めんどくさい女や。
連れていかなかったら連れていかないで先輩のまひから電話が来るのは分かっている。
めんどくさい女たちや。
須藤とは仕事ではバチバチにウマが合うがプライベートではすこぶる仲が悪い。
どーでもエエ小競り合いをしながらナビを見ながらクルマを進めるとそこに栗田歯科医院があった。
たぶん栗田先生は2代目か3代目なのだろう。栗田先生よりも看板のほうが年季が入ってる。
駐車場にクルマを止めると、栗田先生が待っていた。
さっそく栗田先生に診療所に進められると、チェアー3台でやっている感じだ。
「先代のチェアーと僕のチェアーと衛生士さんのチェアーですね」
そんな説明をされてもなんの興味もない。
「ほー。そーですかー。で、さっそくやけど、指導通知を見せてくれへんか」
なんの感情もない愛想を言いつつ指導通知をせがむ。
指導通知を見ると大抵のことが分かったりする。
日計表はいつからいつまで持って来ないといけないのか?
従業員の出勤簿(タイムカード等)などが必要なのか?
医院によって持参物がまるで違う。
たいていの医院の持参物には「直近一年分程度」と書かれていることが多い。
このような場合は指導対象月もセオリー通り指導月の5・6ヶ月前になることが多い。
しかし今回の栗田歯科医院では「令和元年5月~令和3年5月」と2年ほどかなりロングに設定されている。
コロナの影響とはいえ、指導対象月はかなり大昔になるのだろう。
それに合わせて、出勤簿も同じような期間を持ってくるようになっている。
「これ、出勤簿とか、もうないんですけど、持っていかなくてエエですか」
「待て待て、衛実地の算定を見られてるはずやねん。ぶっちゃけどうや」
「どうや?と申しますと」
このセンセ、どこまでも狸や。
「衛生士がおらんときに”間違って”実地指の算定とかしてへんか?」
「あー、間違ってやってるかも知れませんねー。胸が痛いですわ」
このタヌキ、のび太のくせに偽善者ぶってるのが気に入らん。
「ちゃうじゃん、『毎月、月初めに取ってるんだよねー』ってゆーてるじゃん」
ナイス、西園寺、よーゆーた。
ワシ、スカッとしたで。
てかな、「ちゃうじゃん」ってなんやねん。その大阪弁と標準語が混じったような言葉。
さすがは岸和田や。和歌山に近いだけある。
スドちゃんなら「ちゃうやん」やろな。どーでもエエことを思うと笑けてくる。
笑いそうになるが、ここで笑ったら不謹慎や。
「まあまあ、誰にだって間違いはあるわ。それよりも大事なのは実地指の算定実績と衛生士の出勤簿に齟齬がないかのほうが大事になるで」
なんやねん、「そご」って。小難しい言葉ばっかり使ってインテリ風ふかしよって。
だから、ワシ技官とか好きになられへんねや。
もう、依頼者の前では喧嘩はしないという須藤とのキメがある。
ここは鼻につくが大人しく頷く。
「じゃー悪いけど、スドちゃん衛生士関係頼んでよろしいか」
「あのな、重田先生。おれはスドちゃんやあれへん。須藤先生や」
あーそーやった。忘れてた。
「堪忍な」
「あと、もひとつよろしいか」
「なんや」
「よろしいか、ちゃうねん。よろしいですか、や。エエな」
「…。あー、須藤先生、衛生士関係はお願いしてもよろしいですか」
「せやせや。そんでよろしい」
この男、帰りはクルマに乗せやんとこ。歩いて帰れ。
