『けー君のおばちゃんが、サトシィ君にええ場所あるって言うてるんやけど、アンタどないする?』
母がそんな話を持ち出してきたのは、自分の開業計画が頓挫してから1ヶ月ほどしてからの事だった。
【けー君のおばちゃん】というのは、昔から私の母親と仲の良い上杉家のおばちゃんの事で、元々は私の妹と、上杉家の長男【けー君】が幼稚園の同級生だったのだが、そこで私の母親と上杉のおばちゃんが意気投合して、現在では家族ぐるみの付き合いをする仲となっている。
当然、私も小学生の頃から上杉の家族とは親しくさせてもらい、色々と良くしてもらっていた。
そして、その頃からの流れで、今も上杉のおばちゃんの事を我が家では【けー君のおばちゃん】と呼んでいるのだ。
上杉家は、大阪のY市で精密機械部品を作る『ウエスギプレシジョンマシーナリー(UPM)』という会社を経営している。
Y市は隣接するH市と共に、数多くの中小企業や町工場が存在し、日本有数の『モノづくりの町』とも呼ばれている。それゆえ、大企業では思いもつかない独創性に溢れる唯一無二の製品を創り出す会社も多く、UPMもそんな会社の一つであった。
UPMは、ある製品を作るために必要不可欠な部品を製造販売する会社であり、その国内シェアはなんと驚愕の95%を誇る。各種大手メーカーもUPMの製品を使用し、近年ではその活動の場をアジア全域に広げ、その勢いはとどまるところを知らない超優良企業である。
上杉のおっちゃん(社長)は、高校卒業後に田舎から単身大阪にやってきて、借金をしながらおばちゃんと2人で今のUPMを作り上げた苦労人である。
おっちゃんはどちらかと言うと天才肌の閃き型人間で、数々の発明をし特許を取得して会社の礎を築いた人物であるが、お金や会社経営に関してはとんと無頓着であった。
対して、おばちゃんは経理のエキスパートで、人を使うのも上手く、UPMをここまで大きな会社にしたのも、ひとえにおばちゃんの経営センスによるところが大きい。
その【けー君のおばちゃん】が、
『サトシィに開業の意思あり!』
と、私の母から聞いて、Y市にある自分の会社に程近い、とある物件を紹介してくれた。
そこは、以前歯科医院として使われていた建物で、広さは30坪。一階が診療室で、2階が住居スペース、3階に6畳一間とベランダと言う物件だった。
歯科医院は15年前に閉院されており、そこからずっと使用されていなかったため、建物のあちこちにかなり古びた印象があるのは否めなかった。
以前、そこで歯科医院をされていた先生は、Y市よりも都会で人の多い大阪市内に移転されたそうで、移転した理由までは分からなかった。
つまり、【大繁盛してお金が貯まったので、さらに条件の良い場所に移転した】のか、【あまりにも流行らなくて、起死回生を求めて条件の良い場所に移転したのか】が、私にはわからなかったのだ。
これなら、以前自分で探してきてオーナーとの面談まで段取りしたS市の物件の方が絶対に条件が良いと感じた。
しかし、けー君のおばちゃんの経営手腕とセンスに全幅の信頼を寄せる私の母は、このY市の物件なら借金の保証人になっても良いと言ってくれた。
ちなみに、今は亡き私の父も素晴らしい歯科医師だったと子供ながらに思っているが、お金のことは全くわからなくて、全てを母親に任せていた(昭和の男あるある)人なので、
『お母さんがええんやったら、ワシはええで』
との事だった。
そして、とにかく開業したくてたまらなかった自分は、その話に『渡りに船!』と飛びつき、その話を前に進めていくことになった。
その船が、豪華客船か釣り船か、はたまた溶けて崩れて沈んでしまう泥の船なのか。この時はまだ、知る由もなかった。
