今コラムでは、実際に私が若手歯科医師の頃に経験
した事を掲載させて頂きたいと思います。
皆様には、面白おかしく読んで頂ければ幸いです。
あれは、春の気配が漂い始めたある日のことだった。
当時勤務していた院長からふと声を掛けられたのだ。
<須藤、今晩空いてるか?>
「はい、どフリーです。」
ボスはバリバリの体育会系で、少年期はゴリゴリの
パワハラ調教をされていたらしい。
今は年齢を重ね丸くなったとはいえ、まだまだその
名残があらゆる場面で顔を出す。
従って、返事は【はい】の一択しかない。
【いいえ】は許されないんや。すぐにシバかれる。
〈ツレと集まってな、ちょっと酒でも呑みながら話
しよってなったんや。お前も一緒にどや?〉
「いいっすね~!また貴重なお話聞かせてもらい
たいっす!!ぜひご一緒させて頂きます!!!」
仕事が終われば直ちに帰りたい気持ちを微塵も出さ
ず、満面の笑みでリアクションする。
〈よっしゃ、じゃあ今から店押さえといてくれるか。〉
以前同様に依頼された際、完全に自分の好みの店を
手配したところ、院長にブチギレられた事がある。
〈他のメンバーの事も配慮せんかい!〉
まあさすがに、女性スタッフを連れてのコスプレ
焼き肉はまずかったか。
他者への配慮など俯瞰的な意識は、この医院で大い
に学べた気がする。
それが今の仕事に活かされとる訳やから、人生どこ
でどう繋がるか分からんな。
今晩のメンバーは、他院の院長はじめ幹部連中との
事だ。とにかく酒が大好きなメンツや。
二軒目、三軒目を想定したスポットに絞り、まずは
オシャレな居酒屋の個室を予約する事とした。
「さあ、もう一仕事気合い入れるか!」
若手時代にハマった咬合再構成の症例をこなし、
充実感いっぱいで仕事を終えた。
・・・あ~、このまま帰りたい。
〈よっしゃ、出動や!〉
ちなみに飲み屋へは【出動】、お姉ちゃんの店へは
【パトロール】、てのが隠語として使用されていた。
女性スタッフに感づかれないようにするためだ。
いや、却って分かりやすいんちゃうか?
まあ、何やかんやで楽しい時代やったで。
タクシーを拾い、店へと向かう。今回の運転手は外
れや。行き先が近いと分かるやいなや、途端に不機
嫌になった。挙句の果てには舌打ちや。
タクシーに限らず、飲食店でも店員がクズな事があ
る。今となっては相手にするだけ時間の無駄、さっ
さとその場を離れるのが得策だと割り切れるが、オ
レも若い頃はよくキレていた。
しかし今は院長の手前ジェントルマンを装っとかな
アカン。不要なスタンドプレーをすると、何かと
鉄砲玉にされてしまうからだ。
隣の院長をチラ見すると、明らかにイラついている
。まあもうちょっとの辛抱や、と思ったのも束の間
、到着した瞬間に運転手に掴みかからんとばかりに
キレだした。
めっちゃオモロいやんけ。何で他人同士の揉め事っ
てこんなに楽しいんやろ。
技官になって、この性格が大いに役立つ事になると
は思いもしなかったが。
バトルが開始される展開にワクワクしていると、手
のひらを返したかのように運転手がビビり倒して謝
罪してきた。
なんや、全然オモロないやんけ。
日和るんやったら最初から喧嘩売ってくるべき
ではないと思うが。
と思っているウチに、目的の居酒屋に到着した。
