本当にあった怖い個別指導はなし

本当にあった、怖い個別指導はなし 2

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「人には言えないことがある。」

私に相談する先生方は何かしら人には言えないことがある。

本来は私に相談する前にしかるべき業界団体に相談している。

どの業界団体もどんなことでも親身になって相談に乗ってくれるし、先生と一緒に汗をかいて指導準備を手伝ってくれる。

にも関わらず、あえて私に相談するということはしかるべきところに相談できない事情がある。

「重田先生、今回のこと、もちろん口外しないですよね」

いつものリーガロイヤルホテルのラウンジで面談中に言われた。

運ばれてきたコーヒーにいっさい口をつけず、前のめりになってずっと心配ごとを話す。

コーヒーも冷めて、美味しくないんだろうな。

どうでもいいことを思いながら

「そのための秘密保持契約です。これはお互いの身を守るためのものなので安心してください」

と答える。

「わかりました。ちなみに公序良俗に反することもですか」

公序良俗に反する?

これはよく耳にするが具体的に何をするのが公序良俗に反するのか、答えてみろ、と言われてもなかなかパッと出てこない。

もう一度、先生を値踏みしてみるが公序良俗に反するような人ではなさそうだ。

きっと、心配性なんだろう。

「先生、ヤとかじゃないですよね」

冗談で場を和まそうとするが目は笑っていない。

きっと、指導通知が来たことで精神的に参っているのだろう。

もしくは朝から車を飛ばして来たというので運転に疲れているのか。

今回は四国の徳島の先生だ。

四国と大阪は地図で見ると近そうに見えるが交通の便が悪い。

基本、移動手段はクルマしかない。

頑張って飛ばしても最低2時間はかかる。

外見からはあきらかに優しい雰囲気が出ており、誰がどうみても公序良俗に反するようなことをするようには見えない。

腰も低く、物腰のやわらかい感じだ。きっと地元でもファンの患者が多いにちがいない。

その先生が一つ咳払いをし、話し始める。

「実はね、身内を診ているんです」

なんだ、そんなことか。大したことではない。

もっとキツイ話をされるかと思ったので拍子抜けした。

やっぱり心配性なのだろう。

それに違いない。

「別にいいじゃないですか。なにかひどい請求でもしているのですか」

「いえ」

多くを語ろうとしないが、この先生がひどい算定をするようには思えない。

「じゃー、良いじゃないですか」

「でも、…」

「でも、なんですか」

「いや、いいです。またお越しいただいた時にカルテを見てもらいます」

私に相談に来る先生の特徴として、

何もやましいことなどしていない先生ほど意気消沈しており、

逆に人には言えないことをしている先生ほど、あっけらかんとしている。

この先生はきっと前者なのだろう。

翌週、徳島へ向かった。

大阪からは淡路島を縦断し、明石海峡大橋を渡って、徳島に入る。

今回は徳島と香川の県境に位置する。

徳島と香川は水のことで仲が悪い。

香川県は地形的に水不足に陥りやすく、徳島は徳島で讃岐の者には水を分けるな、という雰囲気があるみたいだ。

そのためか、香川にはため池が多く存在する。

今回の先生の診療所に行くまでの間に多くのため池を横切ってきた。

先生の診療所の近くはため池はないものの井戸があった。

四国ならではの光景かもしれない。

「重田先生、意外かもしれないですけどね、四国では水は貴重な資源なんです」

到着するなり、開口一番どうでもいいことを話してくる。

「そうなんですね」

「だから、井戸にたばこのポイ捨てとか、ごみなんか捨てないでくださいね」

「たばこ、吸わないので大丈夫ですよ。それよりもやることやりましょう」

「あぁ、そうでしたね」

そういって診療所に案内してもらい指導準備を粛々としていく。

チェックしなければならない資料は山ほどある。

レセプトにカルテ、日計表に技工関係の書類。

見れば見るほど、綺麗なので、本当に私に頼む必要があったのか、疑ってしまう。

「普通に綺麗じゃないですか。そもそも、私、いらなかったんじゃないですか」

やんわりと言ってみる。

「あ、あの」

「なんですか」

「身内ってやっぱり当たりやすいですか」

「苗字は先生と一緒ですか」

「はい」

この先生の苗字は「山田」である。どこにでもいそうな名前なので当たらなさそうな感じもする。

「山田って苗字の患者さん、先生の医院では何人くらいいますか」

「私と親父くらいですかね」

「先生の奥さんや、お母さん、お子さんとかは診療されてないのですか」

「あー…。診てますけど、そこは大丈夫です」

お父さんだけが懸念材料なのだろうか。

年齢的に先生のお父さんは80代くらいだろうか。

そうなると義歯なんかを頻繁に作製しているのか、色々と思案する。

「あの、院長先生、よろしければそのお父さんのカルテの内容、見せてもらえないでしょうか」

「え」

一瞬、とまどう。

「この内容も秘密保持契約を交わした以上、他言しないってことでよろしいですか」

「もちろんです」

ほかの患者のカルテは何も言わずに見せてくるが院長先生のお父さんのだけはお願いしないと見せてくれない。

どんな内容なのか、見たくて仕方なくなる。

おもいっきり不正請求だったらすぐさま返戻かけようか、フラップしまくりだったらなんてカルテを整理しよう。

どうでも良いことを考えながらそのカルテが来るのを待つ。

奥のほうで院長と70代後半のおばあちゃんが難しそうな顔で話をしている。

雰囲気からすると院長の母親かもしれない。

話がひと段落して、お父さんのカルテを見せてきた。

たいしたことはない、内容は単なる歯周基本治療くらいだ。

心の中で安堵と、期待はずれの気持ちが交錯する。

「重田先生、何か引っかかることはありますか」

神妙な面持ちで聞いてくるが、なにもない。

いくら技官でも文句のつけようがない感じだ。

「まったく気になるところはありませんでしたよ」

「良かったです」

あの笑わない先生が、素直に喜んでいたので、よほど心配していたのだろう。

そういって院長はさきほどのおばあちゃんと話をしにいった。

「私の母なんです。今は事務長をしてもらっております」

といって自己紹介を受けた。

地方へ行くと自分の母親や親戚、家族が従業員として働いていることが多い。

院長先生の母親とあってこの方も元気で物腰の柔らかい、優しい感じが出ている。

歳は70代後半だろうか。

「じゃー院長先生のお父さんもここでお勤めなんですか」

さっきまで喜んでいた院長先生が急に曇る。

「ええ、まぁ」

あまり、家族のことで言いたくないこともあるのだろう。

聞いてはいけないことを聞いてしまったかもしれない。

このことには触れないでおこう。

話を戻して、指導準備をつづける。

お昼になり、外の空気を吸いに出かけようとすると、

「あ、あの」

「なんですか」

「井戸、近づかないでくださいね」

「え」

「いや、ほら、危ないんで」

「あー、はいはい、気つけますね」

この時は普通に親切心で言ってくれていると思っていた。

お昼からも院長先生とお母さん、と3人で準備を行なった。

もともと、書類やカルテにそこまで不備がなかった、ということもあって

良いものが準備することができた。

「では先生、全く問題ありませんが、無事に終わったら一報もらえないでしょうか」

「わかりました」

「明日は指導は1時からでしたよね。いつでも電話取れるようにしておきますので、困ったことがあったらいつでも連絡してくださいね」

「ありがとうございます」

翌日、今日は指導当日だ。

受けるのは本人だが、やはり気になってソワソワしてしまう。

指導はお昼1時から始まるので、終わるのは3時過ぎだ。

4時頃、無事に終わったという電話か、メールが来るはずだが一向に連絡が来ない。

連絡しようか、どうしようか。悩みに悩んだ挙句、こちらから連絡をするのはやめた。

きっと、無事に終わって気が抜けているのだろう。そう思うことにした。

と、いうのも、なにか想定外のことがおきると、逆に連絡が来るので、連絡が来ないというのは問題なかったという裏返しに違いない。

と思いながら翌日を迎えた。

朝に携帯を見たが特に先生からの着信も何もない。

思い切って電話をかけてみても、電源を切っているのか、つながらない。

充電し忘れているのか。

しかし、毎朝見ているヤフーニュースを見て背筋が凍った。

あのセンセだ…

そしてもっと衝撃を受ける。

そこのセンセの父は亡くなっていた。

数年前に井戸に死体遺棄し、年金を不正受給していたのだった。

きっとそれが見つかってしまったのだろう。

 

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