トラブルはいつも突然に

トラブルはいつも突然に~③~

  • 再生回数:476

下歯槽神経麻痺を起こしてしもてな。>

 

 

「下歯槽神経麻痺?」

 

 

<せや。40代女性の右下6番相当部位にインプラ

ントを埋入した時にな、やってしもたんや。>

 

 

「あちゃー、やっちまったなあ。」

 

 

<どうやらドリリングの際に、いってしまったみたいなんや。>

 

 

「そういえば、一例として下歯槽神経を損傷した

時、その瞬間激痛が走ってビクゥ!となる場合が

あるって口腔外科の先生から聞いた事あるけど。

その瞬間は何も無かったんか?」

 

 

<それが無かったんや、何も。そもそも下歯槽神経

や舌神経の麻痺には細心の注意を払って伝達麻酔も

してないし。恐らくブチッ、て程ではなかったと思

うんや。だから【下歯槽管】を傷付けた事に気付か

んかったんやな。>

 

 

「ちょっとよろしいか。」

 

 

<おう、何や?>

 

 

「解剖学的にはな、【下顎管】や。【下歯槽管】

なんて言葉、そもそもこの世には存在せんって

事でよろしいか?」

 

 

<・・・何や、いきなり。口頭試問みたいな事言ってくれるやないか。>

 

 

「この言葉尻を突くとこが、技官の性癖の一つや。」

 

 

<悪趣味なやっちゃで・・・まあとにかく、トラブルの大元がそれでな。>

 

 

「という事は絶賛、トラブリュウの真っ最中ですか。」

 

 

アカン、眠たくて噛んでしもた。

 

 

 

<・・・当たりや。何でもないような事が、幸せだったと思っとるわ。>

 

 

「高橋ジョージみたいな事言ってくれるやないか。

じゃあ結構、面倒な事になっとるんやな。」

 

 

<せや。だからその相談に乗って欲しくてな、電話させて頂いた次第や。>

 

 

 

下心が見え見えや。明らかにオレの事を専門家か

弁護士的な何かと勘違いしている。

 

オレは技官や。

 

当然の事ながら技官の携わる領域では全くない話で

はあるが、面白そうなので野崎の懐に飛び込む事に

した。

 

 

 

「そしたら色々と事情聴取せなアカンから、まずは

一緒に茶しばきに行かへんか?」

 

 

<事情聴取って言うな、別にパクられた訳じゃない

んや。でも、おーきに。よろしくお願い致しま。>

 

 

「善は急げ、や。じゃあ明後日の日曜、朝9時に

スイスホテルのラウンジで待ち合わせよか。」

 

 

<ありがとう、じゃあその時に詳細を詳しく話すわ。>

 

 

 

詳細を詳しく・・・二重修飾語を使っている。

この辺り冷静さを保ってはいるものの、心が

不安に浸食され始めているであろう事を臭わせる。

 

 

 

これよりしばらく後に、リーガロイヤルホテルを愛

用している重田という男と知り合う事になるのだが

、この時のオレにとってはスイスホテルがホームグ

ラウンドだった。

 

 

なぜなら、休日にこれでもかと繰り広げられている

お見合いを、遠目に眺めるのが大好きだったからだ。

 

 

そんなどうでもいい事を考えているうちに、あっという間に当日を迎えた。

 

コラムを読む