<フィクスチャーは決定した。いざ、埋入や。>
「骨に維持を求めるために、ロングのインプラントを入れたんか?」
<もちろんや。そこはマストやな。>
「それが下歯槽神経麻痺の原因ですか。」
<あくまで遠因や。理屈としては正しい。>
「お前が調子こいてドリリングした事が直接の原因やもんな。」
<だからそれは止めろ、俺のテクニックは何の問題もない。油断した事が最大の原因や。>
「弘法も筆の誤り、か。お前程のインプラントロジストでもそうなってしまうんやな。」
<まあな。日頃から難症例ばかりこなしてるから、こんなイージーケースやと気が抜けるんや。>
ちょっとおだてたらコレや。すぐにマウントを取りにくる。
他の歯科医師より優れているという事を、これでもかとアピールしたがる先生は多い。技術が高くて稼げれば、それだけで十分な気もするが。
まあ人間、価値観は十人十色や。他人のやり方に横槍を入れる必要は無いと思うが。
まあしかし個別指導を主導させて頂いた経験からも、やはり人間、表向きは謙虚な方が何かと都合がエエ気はする。
ちなみに【謙虚】とは、あくまで他者からの評価らしいな。だから、よく有名人が反省する時に『これからは謙虚に』て言ってるけど、そもそもこの発言自体が謙虚じゃない、てな。
技官はこういうしょーもない言葉尻をつつくのが性癖なんや。細かくて、ホンマ堪忍やで。
「そうか、なら仕方ないか。」
<そうや、誰もが一度は経験のあるケースや。>
誰でも一度は下歯槽神経麻痺かましてたら、恐いんやけど。
すると、野崎がおもむろにカバンをまさぐり出した。
クイ○テッセンス、歯○展望、アポ○ニア等々・・・
様々な商業誌がカバンから排出される。パンパンのGAを切開した時の排膿のようだ。
知らんけど。
しかし、野崎の勉強熱心さには感服する。若手同様の、いや、それ以上の熱量を感じる。
それなりにキャリアを積むと、なかなかこの姿勢を打ち出すのは難しいと感じる。【鉄は熱いうちに打て】というが、オレも若い頃に勉強や実践しまくっといて良かった、と思う。
野崎がカバンの中から色々まさぐり出したその最後に、週刊プロレスが出てきた。
田舎での少年時代、週末の立ち読まれ尽くしてヨレヨレになった週刊少年ジャンプの横で、ピカピカの状態でいつまでも手に取られていなかった雑誌だ。
「誰が読んどんねん。」とツッコミを入れていたが、大人になり想像以上に多くのプロレス愛好家と出会った事から、この言葉は永遠に呑み込む事だと心に誓っていた。やはり自分の価値観に捉われていては、世界が狭くなってしまうだけや。
しかし、週刊プロレスを買っている人物に出会ったのは人生で初めての経験だ。
「誰が読んどんねん。」という長年の謎は、全て解けた。一つの命題が解かれたような、そんな気がした。
アマプラの【有田と週刊プロレスと】は傑作やけどな。
知らんけど。
これで終わりと思いきや、先程スイスホテルで見たノートパソコンがカバンの奥底から出てきた。
<ちょっと、これでも見てもらおか・・・>
