トラブルはいつも突然に

トラブルはいつも突然に~⑧~

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メニュー表を見る。狙い通り、この喫茶店には

アルコールが置かれている。

 

 

景気付けに赤玉ポートワインを頼む。昔懐かし、

ジュースみたいなワインや。

 

酔っぱらわずに真面目な話に対応できる優れものやで。

 

大昔の先生は、抜歯した後の患者にちょびっと飲ま

せる事があったみたいやな。引いた血の気を取り戻

す効果があったらしいで。知らんけど。

 

 

それに対して野崎は冷コーを頼んだ。アイスコーヒ

ーの事だ。ウケを狙ってかどうか、未だにメニュー

に冷コーと表記されている店が点在している。

 

 

何から何まで昭和の雰囲気を醸し出している喫茶店や。

 

 

 

ちなみに大昔の大阪では、【喫茶】と書かれている

店は、今でいうキャバクラみたいに女性が接客する

店の事を指していた時期があるらしい。

 

 

飛田新地が【料亭】扱いされているようなものか・・・

知らんけど。

 

 

となると、普通にドリンクと軽食を提供する店に

とっては、紛らわしくて敵わん。

 

 

そこで、区別するために【純喫茶】て表記されるよ

うになった訳や。【純】が付く意味がイマイチ分か

らんかったけど、これで合点がいったで。

 

 

そんなどうでもエエ事を考えているウチに、ドリンクが運ばれてきた。

 

よく見ると、マスター、従業員みんな目がイッている。

 

この店大丈夫か?と不安になりつつも、Vシネ気分

で丁度エエわ、と気持ちを切り替え本題に入る事にした。

 

 

 

「で、下歯槽神経麻痺はどのタイミングで発覚したんや?」

 

 

<埋入翌日のSPの時にな、ちょっと痺れるんですけど・・・て言われてな。>

 

 

「まあ翌日に痺れる感覚残ってるのは、たまに遭遇する事でもあるやんか。」

 

 

<せやねん。>

 

 

「もちろん心臓には悪いけどな。」

 

 

<せやねん。でも、そんなんいちいち気にしとった

らインプラントロジストの名が廃るやろ。ガンガン

いこうぜ!や。>

 

 

ドラクエの作戦みたいに言うな。

 

てかインプラントロジストって。そういうのは客観

的に評価される事であって、自分で言う事ではないと思うが。

 

今思い返すと、オレも含め年齢的にも一番ガンガン尖

っている時期だったのだろう。当然攻めたい気持ちが

強いから、トラブルも付いて回ってくる。

 

 

どこの世界でも、若手あるあるやな。

 

それを経験して乗り越えない事には一皮剥けへん

モンやから、人生そんな甘くはないな。

 

 

 

「そこからどういう経過やったんや?」

 

 

<十日後の抜糸時にな、創部はバリバリ良好なんやけど、やっぱり痺れるって。>

 

 

「それはキツいな。オレやったら心臓が張り裂けそうな気分になるわ。」

 

 

<おうおう、えらいチキンやないか。そんなんで技官が務まるんか?>

 

 

またか、マウント取るのが好きなヤツや。お前は、ヒクソン・グレイシーか。

 

 

まあエエ、オレには全く害の無い話やからな。どこまでも強気でいってもらおか。

 

 

 

野崎が冷コーを飲もうとしたその時、グラスを持つ

手が小刻みに震えているのを見逃すはずはなかった。

 

 

言葉とは裏腹に、焦っている事だけは確かなようだ。

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